積ん読雑記

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2008年6月4日(水) 科学という名の魔性(No.4)

池内了『疑似科学入門』(岩波新書)

 『不合理ゆえに吾信ず』という埴谷雄高の著作がある。この言葉、元々はキリスト教が「異端派」やユダヤ教との宗教論争の中で編み出したものであるそうだが、一般的な表現としてもなかなか本質をついているように思える。しかし、池内了に言わせれば、それこそが「心のゆらぎ」であり、疑似科学につけ込まれる隙があるのかもしれない。
 『疑似科学入門』はそのような私を含む現代人が直面する陥穽、「科学を装った非合理」の怪しさを説くとともに、「考えることの大事さ」を忘れかけた私たちに警鐘を鳴らしている。著者に指摘されるまでもなく、私たちの日常には実に多くのカラクリが仕掛けられている。仕掛けの目的は最終的には“金儲け”に集約されるであろうが、そこに至る手段は千差万別である。本書ではそれらカラクリを「疑似科学」と呼び、占いから環境問題、遺伝子組換え作物まで様々な対象における問題点、非合理性を丁寧に分析していて、わかりやすい。
 自分自身をかなりしっかりしている人間だと思う人も(例えば、振り込め詐欺や悪徳商法には絶対引っかからないと思う人も)疑似科学のワナに取り込まれていないと、誰が自信をもって言えようか。テレビなどで見かける、いかにもいかがわしげな「超」能力者などはともかく、科学の最先端そしてそれを制御する人間までもが「複雑系」という微妙で不安定な要素の上にあるのだと教えられると、科学はよくわからないから「お任せ」では済まなくなる。「地震予知は不可能であるにもかかわらず、人々が予知できると思い込んでいることの間に大きな乖離」があることは「科学」の側の問題であるばかりでなく、私たち人間の側の課題でもあるのだ。
 但し、著者は本書をも疑って読めと主張する。「私のいうことを100%信用していただかない方が無難かもしれない。疑似科学と断じる私の方が擬似科学と言われかねないと覚悟している」。この部分を読んで私はこの本を信用してしまったのである。

2008年6月11日(水) 「弱者」への透徹したまなざし(No.5)

五木寛之「怨歌の誕生」〜文藝春秋刊『四月の海賊たち』所収

五木寛之は1932年(昭和7年)9月30日生れであるが、同日、もう一人の作家が生れた。(広く知られている話だが)石原慎太郎である。占いならば、さしずめ、ふたりは共通の運命を持つということになるのか? 
確かに天はふたりに文才という特異な才能を分け隔てなく与えた。しかし、経歴、性格、趣味嗜好、作風、どれをとっても両者には水と油ほどの違いがある。筑豊と湘南。地方志向と中央志向。『さらばモスクワ愚連隊』と『太陽の季節』等々。
同じ星の下に生れた作家がこれだけ異質であることにむしろ痛快ささえ感じる。
さて、本日の紹介本であるが、五木が直木賞受賞4年後の1971年に刊行されている。小説そしてエッセイを織り交ぜた広いテーマの作品集で、五木が精力的に文筆活動をしていた時代の証しと言えるかもしれない。所収6作それぞれの持ち味が出ていて面白いが、その中でも際立って印象深いのが「怨歌の誕生」である。
その出だし部分は著者自身についての事柄が述べられていて五木ファンには面白い情報になるだろう。図らずも流行作家になって、かつて夢にも思わなかった自分の所有になる家屋に住めるようになったが、「どこか間違ったのではないかと頬をつねって」みたりする。
何故なら、「子どもの頃、街の有力者の息子と間違った」ある中年婦人からチョコレートを貰うが、人違いと分かった途端「駆け戻ってきて」チョコレートを取り上げられた体験がこのような不安を抱かせるのである。
しかし、このエッセイの核は「藤圭子」である。
藤圭子と言って分からなければ、宇多田ヒカルの母親と言えばよいだろうか。藤圭子の出現は、当時、五木が表現したように、歌を上手に歌えばよい従来型の「演歌」から、さらに情念を加えた「怨歌の誕生」を象徴するものであった。ある日、音楽プロデューサーがふと漏らしたことば「できるだけ暗く持って行こうとしてるんですが、目を離すとすぐ明るくなっちゃうんですよ」に五木は引っかかりを感じてしまう。少女歌手が虚像を強いられることの「悲劇性」を心配するのである。そこには弱者への気遣いが垣間見える。「彼女が負わされた暗くあることの方針を背負って、明るさを無理に圧し殺して生きている」のではないか。しかし、藤圭子が「これで、いいかな?うれいを含んだ顔になったかな?」と呟いて舞台へ出て行くことを知って、五木は彼女のたくましさ、爽やかさ、ふてぶてしいまでの生命力に驚嘆するのである。
私は久し振りにこれを再読して、藤圭子に実像と虚像があったとするならば、明るく青春を今謳歌しているかに見える宇多田ヒカルはどうなのだろうと考えてしまう。母親がかつてたくましく生きたように、彼女をまた今を戦っているのだろうか?
ところで五木自身も実は戦う作家であると思う。松岡正剛がいみじくも指摘したように「五木寛之という作家は、世間で思われているよりずっと硬派」なのである。
外地での敗戦とそこからの引揚げ体験、作家としての地位確立までの生易しくはない生活。タフでなければ生き残れない。そして何よりも石原と同じ星の下にあるのだ。決してヤワな作家ではない。

2008年6月18日(水) 人と人、人と動物、出会い・触れ合い(No.6)

谷村志穂『レッスンズ』(講談社文庫)

谷村志穂が作家として本格的に登場したのは90年代初めであるから、既に相当な年数が経過しているが、正直に言うと、私は最近まであまり関心がなかった。この作家を注目し始めたのは、NHK・BSの『週刊ブックレビュー』という番組に谷村がゲスト出演したことがきっかけであった。毎週土曜日、日曜日に放映されるこの番組は、本の紹介、いろいろな分野からのゲストによる自著にまつわる話など本好きには楽しい。私もここから本の情報を仕入れることも少なくない。
さて、谷村の作品だが、あらためて本腰をすえて読むと、なかなか面白い。今日はその中から『レッスンズ』を取り上げたい。動物生態学を専攻する女子大生マリエと家庭教師先の少女リコとの心の交流を描いた物語である。この作品の特徴は女性でしか描き得ない心模様、そして応用動物学を専攻した経歴を持つ著者ならではの知識が効果的に反映されている点にあるだろう。
全体として3章から構成されている。第1章はマリエが家庭教師としてリコと出会うところから始まる。区議の秘書を勤めるリコの父は家庭よりも世間体を優先し、母はアル中と薬づけの状態である。そんな家庭環境にあって14歳の少女に心の安定がある筈はない。高校受験に向けてマリエとリコのチャレンジと人間同士の心のふれあいをきめ細やかに描いている。
第2章では動物生態学の研究生マリエと高校に進学したリコが、飼い猫を介していろいろな問題に直面しながら、さらに二人の絆を深めて行く。
第3章では雪の下北半島を舞台に研究対象である野生のサルから“生きる”ことを学ぶマリエの姿を描く。そして二人はこれからもお互いを必要とし、「相利共生(そうりきょうせい)」して行くであろうことを読者に予感させる。
レッスンズという題はマリエがリコを教えるだけでなく、マリエがリコや猫、サルたちからも学んでいるという意味をも持っている。マリエもまた、両親や友人との関係において
心の葛藤があるのである。リコとともにマリエのレッスンズの生徒でもあるのだ。
この小説は7年前に発表されたものであるが、今なお、斬新なテーマであり続けていることに変わりない。

2008年6月25日(水) 海の男、少年のあこがれと幻滅(No.7)

三島由紀夫『午後の曳航』(新潮文庫)

ランドマークタワーが建設され、みなとみらいが整備された後、横浜の街はその面影を随分と変えてしまったように思う。かつての横浜は街の隅々まで潮風の香りが行き渡る、文字通りの港町であった。『午後の曳航』が発表されたのは、まさにそのような時代、昭和38年である。それから45年、横浜も御多分にもれず近代化に押し流され、個性が失われたと感じるのは懐古趣味であろうか?
主人公13歳の登は、死んだ父が建てた横浜中区谷戸坂上(港の見える丘公園や神奈川近代文学館の辺り)の洋館に母・黒田房子と住み、何不自由なく育った。ある日、親子の前に二等航海士・塚崎が現れる。母親に近づく塚崎。ここで並の作家であれば、登と塚崎の確執を軸に三人の人間関係をたどる物語を編み出すだろうが、そこが三島の三島たる所以。
三島は少年に海の男・塚崎の輝ける姿にあこがれさえ抱かせる。しかし、塚崎が海を放棄し、房子との生活のため、陸にあがることを決心した瞬間から、登の目には「光輝いていた」英雄から一転、凡庸な陸の男に成り下がってしまうのである。
登には同い年に秘密の友人グループがいる。「首領」と登を含む六人の少年たち。彼らがこの作品のクライマックスに重要な役割を果たすことになる。昔、スウェーデンでこの原作が映画化されたが、この大人びた少年たちをスウェーデンの子役たちは実にリアルに演じていた。当時、ある評論家が「日本の少年たちはこの役を演じることはできないだろう」と言っていたことを思い出す。
三島には海を舞台とする小説が少なくない。本作品の他にも『潮騒』『海と夕焼』など。そして最後の著作も『豊饒の海』。私生活でも毎夏、家族とともに伊豆・下田の東急ホテルで過ごしたという。登の海に対するあこがれは三島自身の思いが色濃く出ているとも言える。三島文学を知る上で欠かせない作品である。
ところで母・房子が取り仕切る高級「舶来洋品店」のモデルは、横浜・元町の「ポピー」という店である。元町通りの中ほどに位置する。谷戸坂上と併せ、横浜散策にいかが。

お詫びと訂正;上記でスウェーデン映画とありますが、正しくは日米合作映画(舞台は英国の港町)でした。但し、当該映画のスタッフおよび出演者に日本人は含まれておりません。お詫びの上、訂正いたします。

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Akiary v.0.61