積ん読雑記

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2008年11月3日(月) 芥川賞的直木賞受賞作品(No.25)

井上荒野『切羽へ』(新潮社)

前回の芥川賞に続き、今回は今期(第139回)直木賞受賞作である。
両賞の違いについて昔からよく聞くのは、芥川賞は純文学すなわち私小説の類、直木賞は大衆文学つまりエンターテインメント系統の読み物とする区分である。また、芥川賞は主に文芸誌等へいわゆる新人作家(ここでいう新人の定義があいまいなのだが)が寄稿した作品群からの選考、直木賞は既に数冊の著書を物した中堅作家の作品をも対象とするものであるとする見方もある。しかし、最近ではその境界は必ずしも明確ではなく、(さすがに同じ作品や同じ時期に重なることはないにせよ)同じ候補者が双方に顔を出すこともめずらしくないようである。
なぜ両賞の比較を持ち出したかといえば、今回受賞作・井上荒野『切羽へ』を読むと私には直木賞よりも芥川賞の香りを強く感じたからである。素人がしたり顔で言うようで臆面も無いが、読者に淡々と読ませながらも濃密に仕立て上げられている物語の構成も、そして繊細な心理描写も芥川賞にふさわしいように思えた。
 ー私(麻生セイ)は、ふるさとの南の島の生徒9人しかいない小学校の養護教諭(いわゆる保健室の先生)である。同じ島生まれの夫(陽介)は15歳の時、一家で島を離れ、東京の大学を出て画家になった。私も8年間のブランクの後、結婚して夫と共に島に戻った。夫は島の人から決して疎んじられはしないものの「よそ者」の立場を抜けきれない。私は父親が島の唯一の診療所の医師をしていたためか、長い不在期間はあるものの島の人からは慕われている存在だ。私たちは質素ながらも幸せな生活を送っている。小学校の校長以下3人の教師の一人、月江は私より3歳年長であるが、奔放な性格そのままに、時々島にやって来る「本土さん」と親しい関係にある。そんなある日、本土から新任教師として石和が赴任して来た。そこからこの物語が動き出す。私も、月江もどこか引かれる本土の匂いを持つ石和。月江と「本土さん」とその妻との確執。そして・・・。
 オーソドックスな読み方をすれば、この小説は一種の恋愛小説であるだろう。しかし、私には「島」と「本土」という対立軸が印象に残った。故郷である島への愛着と物足りなさ。本土という他国・他文化・他者への憧れ。その狭間でゆれる私の心理描写は絶妙である。
 「私は、島へ戻ったのは島への愛ゆえだと考えてきたけれど、実際のところ、夫への愛ゆえだったかもしれない。私は愛する故郷として、島を自分の中に匿ったのではなく、私たち二人を島に匿ったのかもしれない」。「私」の潜在意識には、「島」という故郷の存在が強いことがうかがわれる部分である。
 「トンネルを掘っていくいちばん先を、切羽と言うとよ。トンネルが繋がってしまえば、切羽はなくなってしまうばってん、掘り続けている間は、いつも、いちばん先が、切羽」。ここでは「島」と「本土」との比較であるが、誰にでもある故郷と外界との対立と調和。そのジレンマを「切羽」という言葉が巧みに表現している。単なる恋愛小説にとどまらない主題を内在した物語である。

2008年11月11日(火) そのまんま東が小説を出していたとは!(No.26)

そのまんま東『ビートたけし殺人事件』(太田出版)

ご存知、東国原英夫が(まさか20年後に宮崎県知事になっていようとは夢にも思わない)1988年に出した本である。冒頭で著者つまり「そのまんま東」は東国原英夫を自己紹介している。今でこそ「ひがしこくばる」は、誰もが知っている名前だが、この本が出た時は彼の本名など読者は目にも留めず、読み流したことだろう。
この本は、ビートたけしがある日突然姿を消し、たけし軍団が大騒ぎで捜しまくるうちに、なかまが一人、二人、そして「たけし」までも被害に遭って・・・。
この小説についての正直な感想は、ミステリーとしての筋立て、文章等すべて月並である。しかし、これには情報としての価値がある。私はこの本から得たものは次の二点である。
ひとつは「たけし軍団」は「たけし」の絶対権限の下でしか機能しえないということを再認識させられた。行間に漂う著者から「殿」たけしへの畏敬の念は隠しようがない。殿の専制君主的パワーと軍団メンバーの忠誠心に支えられた堅固な「王朝」であることを図らずも教えてくれる。「たけし」が映画の世界に比重をおいた現在とは比べるべくもないが、少なくともこれが書かれた時代は「たけし」が一刻たりとも不在となれば軍団としての機能はどんなにか混乱に陥ったであろうかがわかる。
もうひとつはテレビなどには表れない「たけし」の発言である。本書のプロローグで弟子入りを頼みに行った東に次のように言う。「いいか東。よくきいとけ。芸能界と言うものは生き馬の目を抜く戦国の世と同じだ。いつ寝首をかかれるかわからない。今日の味方は明日の敵、いや周りの全部が敵だと思っていれば間違いない。そのなかで自分が伸し上がって行くためには、人一倍の努力と根性と才能と運がなきゃだめだ。生まれながらの天才というのはこの世には存在しないんだ。他人より努力しなければ人の上に立てないということを熟知している奴が天才であり、それを実行したものが初めて天才と呼ばれるんだ。そしてもうひとつ、いいか世の中は盛者必衰だということを忘れるな。つまり世の中は平家物語だ」この後に東が平家物語を源氏物語と勘違いするオチがあるのだが、それよりも驚きは「たけし」の言葉である。勿論、この本にはあることも無いことも書いてあると思うが、これはきっと東が聞いた事実にちがいない。普通の人が言えば「ごもっとも」で終わる言葉であるけれども、偽悪的が言い過ぎであれば、普段は不良ぶっている「たけし」が言うところ重みと説得力がある。
芸能人の著書も時には、ハッとさせられるところに捨てがたい魅力があるのである。

2008年11月20日(木) 百年経っても斬新な主題の確かさ(No.27)

夏目漱石『三四郎』(新潮文庫)

久し振りに夏目漱石を読み返してみて、その価値を再認識した。『三四郎』は今からちょうど100年前に発表されたものであるが、1世紀という時間の長さを全く感じさせないほどこの小説の主題は今に通じる普遍性に満ちたものである。言い回しや言葉の端々には時代性を感じさせるものの作品のモチーフは私にも切実に伝わって来た。
 主人公・小川三四郎が故郷熊本から大学進学のために上京。希望にあふれる青年が新しい環境や人間関係の中でいろいろな経験を積み、成長していく姿を描く青春小説。そして里見美禰子という都会的女性をあこがれる恋愛小説。そうした纏め方が一般的で無難な評価であろう。故郷(母、熊本の人たち)、学問(大学の先生や先輩、友人た)、恋愛(美禰子)の三つの世界を巧みに織りまぜながら三四郎の微妙な心の動き見事に描いていて、さすが漱石!昨今の小説にはない忘れていた味覚を思い出させてくれる読後感があった。しかし、漱石自身は東京牛込の生まれで、三四郎のような地方から勇躍上京する体験はない。登場人物たちが実在の人物をモデルにしていると言われているからには、三四郎にも漱石自身を投影している部分は勿論あるであろうが、この作品の趣旨は単純に当時の地方出身の学生の気概や生活を謳いあげることだけではなかったと思う。漱石は、当時の学生を通じて日本の近代化の苦悩を書きたかったのではないだろうか。
 漱石は明治維新の前年(1867年)生まれであり、まさに日本の近代化(つまり西洋化)とともに成長した。日本の土着文化と西洋文化のせめぎあいは、明治の知識人たちには乗り越えなければならない大きな課題であったが、漱石の場合も英文科に学び、イギリスに留学する中でその問題は喫緊のテーマであったにちがいない。『三四郎』で「母」や、母が彼の嫁にと薦める「三輪田のお光さん」は「日本文化」、「美禰子」を「西洋文化」と置き換えるならば、漱石の日本文化への後ろ髪をひかれる引かれる思いと西洋文化への憧れの関係が理解できよう。そしてその中間的位置として第二の世界(大学)にはいろいろな価値観をもった人がいて、自らもそこで右往左往している現実がある。そして結局は「美禰子」という「西洋文化」を遠い存在でしかなかった。漱石という明治を代表する知識人が西洋の学問を学ぶ中で、苦渋に満ちたその内面を青春小説風に仕立てあげたところに漱石の才とともに、悲しみの心の内もうかがわれる。
 そして100年経っても、私たちは東洋と西洋、日本と欧米という二項対立を少しも克服できていないのである。

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