積ん読雑記

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2009年2月3日(火) 時代が書かせた物語(No.32)

天童荒太『悼む人』(文藝春秋)

誰が書いていたか失念したが、寺山修司が次のようなことを述べていたという。「人間は死んでも生き続けることができる。その人間の想い出をもつ人がいる限り、死んではいない。しかし、想い出をもつ人たちもいなくなる時、その人間の本当の死が訪れる」。
この小説を読みながら、その言葉が幾度も思い出された。
主人公、坂築静人は亡くなった人を悼む旅に出る。「人が亡くなった場所を訪ね、故人への想いをはせる行為を、静人は・・・・・・「悼む」と表現した。・・・・・・冥福を祈るわけではなく、死者のことを覚えておこうとする心の働きだから、祈るというより「悼む」という言葉が適切だと思って・・・・・・」。静人は代償を求めるわけでもなく、ましてや宗教的目的でもなく、新聞や人づてに知った名もない死者たちを悼むために放浪する。「(死者たちを)覚えていられないか。覚え続けていられないか」。主人公がなぜ、そのような思いを抱き、行動に移すようになったのか?子どもの頃の挿話が読み進むにつれ、大きな意味を持ち始める。そんな彼を訝り、とまどい、いらだちを感じる人たち。主人公とその道行きを物語の中心に置きながら、彼を取り巻く人たち、怪しげな記事のでっち上げを得意とする週刊誌記者、ある事件の加害者で刑期を終え、静人と偶然出会った28歳の女、癌で余命いくばくもない静人の母親、この3人それぞれの生き方と心の動きを追って物語が展開する。
昨今の痛ましい社会的事件や事故の数々を思い起こせば、この作品は現代の日本という時代が書かせたものであると言えるかもしれない。
勿論、天童荒太という作家の非凡さは『永遠の仔』で証明済みであるし、さらに本書でその地位をゆるぎないものにしたと言えるだろう。しかし、作家個人の資質を超えて、そして直木賞受賞という話題性を超えてこの作品は、今の時代だからこそ生れべくして生まれたものではないだろうか。
この作家が東野圭吾と並び、これからの日本の代表的ミステリー作家のひとりに数えられることは間違いない。とても重く深いテーマを今回書いた天童が次回にはどのような作品を提供してくれるのか、今から待ち遠しい。だが、寡作の作家が次を発表するまでには何年待たされるのか、読者も忍耐が必要である。それをじっと待つのも楽しみとしなければならない。
ところで、『悼む人』を私流にひねくれて読むと一種の愛の物語とも読めるのだが・・・。


2009年2月9日(月) 生誕百年とは思えない現代性(No.33)

松本清張『陸行水行』別冊黒い画集2(文春文庫)

昨年は源氏物語千年紀がそこかしこで話題となったが、文学界の今年のメモリアルは五人の作家(太宰治、中島敦、大岡昇平、埴谷雄高、松本清張)の生誕百年であろう。この五人はそれぞれに作品・作風が違うこと、そして太宰と中島が他の三人に比して早世であったことなどから、年代的な共通性を見出せない。同年生まれであったことにむしろ意外性を感じるほどである。その中でも特に松本清張は異質な存在に感じられる。明治生まれの清張が著した作品が今も人気テレビドラマとして高い支持を得ていることはエンターテインメントあるいはミステリー作家としての清張の先進性の証左であると思う。
『陸行水行』は表題作を含む4篇からなる推理小説集である。中でも表題作『陸行水行』はその名のとおり、魏志倭人伝の記述をめぐる古代史の謎「邪馬台国はどこにあったか」をテーマにしながら他方ではミステリーとして楽しめる小説である。歴史的興味とミステリーの醍醐味を同時に味わうことができる点が読者にはたまらない。このように清張作品は知的興味と娯楽小説の面白さが見事に調和されるところに多くの人を惹きつけてやまない佳さがあるのではないだろうか。清張の推理小説が社会に受け入れられていった時代はちょうど日本が政治の季節から経済の時代に移行して行く経済発展の時期に符合する。
それは日本の平均的サラリーマンに経済的余裕が生まれ、どこかに知的満足感を欲する空気が生じて来た時代と清張の社会派推理小説が登場した時期とが重なりあったのではなかたかと推測できる。生活のゆとりとともに、サラリーマンたちが通勤電車の中で、休日の自宅において余暇としての読書には、肩が凝らない且つエログロナンセンスでもない清張の小説群は格好のネタであったに違いない。
今年は北九州市小倉城のすぐ近くにある「松本清張記念館」で“1909年生まれの作家たち”と題する企画展が8月末まで開かれているそうだ。前述の五人の作家たちの企画展である。
ところで清張の話題とは離れるが、清張記念館の近くの公園の片隅に、あまり知られていないが、長崎の原爆被害者の慰霊碑がある。8月9日の原爆投下地は本来は長崎ではなく、小倉であった。しかし、当日の小倉は曇天。そのためにB29は小倉をあきらめ長崎に向かった。歴史に「もしも・・・」は全く意味もなさないことではあるが、もし、あの日小倉の空が晴れわたっていたら、そしてその3日前にもし広島の空に雨が降っていたら・・・。
清張記念館から小倉城を仰ぎ見る時、別の感慨が去来するかもしれない。

2009年2月25日(水) 経済学はやっぱり難しい!(No.34)

根井雅弘『経済学はこう考える』(ちくまプリマー新書)

経済学とは、「私たちが、社会生活を営むために必要とする物の生産、売買、消費等の活動について研究する学問」とするならば、この学問にもっと多くの人が興味を示してもよいはずである。しかし、私たちに最も身近であり、有益な学問のひとつであるにも関わらず、経済学は、たいへんとっつきにくい為か敬遠されがちであることも事実である。どうしてそうなのだろうか? 同じとっつきにくさでも哲学と経済学とでは大きな違いがあるように思える。勿論、経済学も哲学に類似する、抽象的な思想研究の分野も中心的な部分を占めているが、それよりも経済学にやっかいな印象を与えているのは数学(数式)が避けて通れないからではないだろうか。世の中には結構、数学(数字)アレルギーは多いのである。社会科学のひとつでありながら、自然科学的な論理性の追及が特徴であるところに、この学問のおもしろさとつまらなさが相半ばしているのかもしれない。経済学を多くの人たちに理解してもらいたい場合、不誠実な書き手であれば、その難しさを出来るだけ覆い隠し、経済学がいかに容易に理解できるかを説明するであろう。
しかし、根井雅弘は、読者にそのような裏切り行為はしていない。まえがきで「単純な思考法で経済学を考えてほしくない」「若い読者には、学問の楽しさと同時に難しさも認識してほしい」とある。いきなり、読者に安直さをいましめている点に、著者の真剣さと誠意が表れていると思う。
この本では19世紀から20世紀にかけて活躍したマーシャル(英)という経済学者を中心にして古典派から現代経済学までの主な考え方を要約している。
経済を少しでも学んだ人からすれば当たり前となるだろうが、現在の経済問題を考える上でのいくつかの大事な知識を提供してくれてもいる。例えば次の二点。
@古典派経済学が商品の価値を「生産」の側からアプローチしたのに対して、その後の経済学者たちは「消費」の側からアプローチした点。
→今からすれば当然の考え方に見えるが、当時としては大発見に値しただろう。
A「自由」と「規制」の対立。
→これは今、私たちが直面する「市場原理主義」や「構造改革」の問題を含めて永遠のテーマでもある。
第一章で根井氏が信奉するマーシャルは「元々、数学者でありながら経済学に極力数学を持ち込まなかった」と言われると私は嬉しくなってしまったが、その気になって読み進むと第二章(ケインズの学説紹介)では数式やグラフが登場して途端に読むスピードが鈍った。数学を理解していて敢えて使わなかったマーシャルをわが意を得たりなどとするのは冒とくもいいところである。簡単な数式でさえ混乱を起こす人間とでは次元が違うのだ。やっぱり、学問は楽しいだけではないのか、と思い知らされた。何かをマスターしようとする時、物見遊山ではダメだということを私たちは肝に銘じなければならないことをこの本は教えてくれる。それは経済学だけに限らない。

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Akiary v.0.61