積ん読雑記

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2009年7月2日(木) 粘着力こそが夢の実現の原動力?(No.42)

宮脇俊三『時刻表2万キロ』(角川文庫)

この本で最初に目についたのは巻末の書評七編と日本ノンフィクション賞の三つの選評である。錚々たる論者による評価はいずれも絶賛の内容である。さぞ、はかどる読書になることだろうと期待をこめて読み始めたが、正直私には努力を要する本であった。時刻表を抱え、全国の聞いたこともないローカル線の数々を乗りつぶそうという夢の実現はとても面白いと思うし、見知らぬ土地の歴史や文化の紹介を織りまぜながらの紀行も楽しさにあふれている。しかし、何々線の何々列車に何時何分に乗って、どこどこ駅で乗り換えて何時何分に目的の駅に着く、今日は何キロ乗ったなどと木目細かく書かれると、私にはどこか冷めてしまうのである。私が旅に期待するのは概ね開放感や偶然性であって、綿密さや規範性・必然性ではない。本書のようにここまで目的に縛られた旅というのはどうなのか、と思わないでもない。しかし、そう考えて気づいたのだが、これは「時刻表に乗る」ための旅である。日々の煩わしさから遠ざかり旅情を求めようとするような姑息な目的は著者にはないのである。全国2万キロを征服する、何の生産性もない極めて個人的な目的を達成する行動と思えばこの本の価値もあらためて理解できる。とは言え、著者の夢の実現に向けた粘着力は並大抵ではない。並の人間には持ち得ないこのパワー、一種の執拗さに羨ましささえ感じた。
ところで、第2章鶴見線は個人的に懐かしさを伴って読んだ。私の新入社員時代、配属先の工場が鶴見線の終点「海芝浦」駅にあり、この線には毎日お世話になったのである。この駅は昼間は閑散としているが、朝夕は通勤者で混雑し、夕刻時だけ開店するキオスクには仕事を終えたむくつけき男たちが大挙押しかけ酒盛りするのであった。当時は時間当たりの売上額が全国有数の売店であると聞いた覚えがある。久し振りに鶴見線に乗りたくなった。カモメが飛び交う京浜運河の景色は今でも変わらないのだろうか?
私の祖父はよく時刻表をながめていたという。全国を優雅な旅をするほどの身分でなかったこともあろうが、時代も今ほど旅行が一般的ではなく、まさに時刻表の旅を楽しんでいたに相違ない。私たちは今、旅行したいと思えば大概は実現可能である。しかし、時刻表やガイドブックをながめながら想像力をたくましくすることは少なくなった。この本は私に、目的地に行くことの楽しさだけではなく、目的地を想像することの喜びを思い出させてくれたのである。それには時刻表は欠かせない一冊である。

2009年7月14日(火) 外見は古色蒼然も、主題の普遍性は今も新しい(No.43)

林芙美子『幸福の彼方』(ポプラ社『百年小説』所収)

不勉強を露呈するようであるが、私は林芙美子をまだ読んだことがなかった。森光子効果と云おうか、芝居『放浪記』が余りにも有名であるために、その原作をはじめ林芙美子作品を手にするのが逆にためらい勝ちになっていた。しかし、今回必要があって『幸福の彼方』という短編を読む機会を得た。
この作品は昭和15年、芙美子が36歳の時に刊行された短編集『魚介』に収録された。今読めば、旧いタイプの小説という感は否めないが、ここに書かれている人間社会の不条理を扱った主題には現代にも通じる普遍性を十分持っている。
名古屋の綿布問屋に女中奉公している主人公・絹子は、親類の吉尾の紹介で信一と見合いをする。戦場から片眼を失って帰還した信一であるが、その誠実で純朴な人柄に絹子は好感を持つ。結婚式を挙げた後、二人の故郷である御前崎に一週間ほど滞在する。御前崎の海で信一から思ってもみない告白をされる。信一には子どもがいたのである。信一にはかつて結婚歴があり、子どもも生れたが、妻は二人を置いて信一の友達と満州へ逃げてしまう。残された子どもを里子に出して信一は戦地に赴く。負傷して戻った信一はひとりぼっちの生活をしながらも子どものことを忘れることができない。そんな時に絹子と出会い、結婚することになった。子どもを捨てて男と逃げる人間の手前勝手さ、戦争に翻弄される信一の身の上、そしてそれらが絹子の人生にも影を落とす人間社会の不条理を、林芙美子は何気ない文章で軽やかに表現している。略歴を見る限り、林芙美子の生涯もまた、決して安楽な人生ではなかったと思われるが、不幸を嘆かず、それをどこかで客観視しているようなおおらかさがこの人には備わっていたように思える。この短編にもそれがよく表れている。
もうひとつこの作品から感じたのは母性である。里子を引き取ろうとする予感をさせて小説は終わるが、負傷した夫を助けるとともに、里子に出された子どもにも愛情を注ごうとする絹子の母性をさりげなく描いている。それを御前崎の海の描写と重ねて絹子の心象風景を見事に表現している。テーマの普遍性と表現力の巧さ。昭和の文学史に名を連ねる意義が芙美子の作品には備わっている。

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