積ん読雑記

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2009年11月27日(金) ゴミ屋敷に隠された真実(No.48)

橋本 治『巡礼』(新潮社)

橋本治『巡礼』(新潮社)は「ゴミ屋敷」の主と近隣住民との軋轢を題材に物語が展開する。ワイドショーなどでおなじみの話題であるのだが、テレビのレポーターのような皮相的な語りに終わらないところがこの小説の醍醐味である。「加害者」である老いた男と「被害者」たる周囲の住人たち、それぞれの今に至る物語が複合的に絡み合い作品に一層の厚みを増している。特に「ゴミ屋敷」の老人の個人史には、彼の背負った運命の哀しさが際立つ。私なぞは、コミュニティーには最も困り者のこの老人こそが、時代に翻弄された最大の被害者であるやに見えてしまうが、それは既に著者のワナに嵌っているのだろうか? 著者は「ゴミ屋敷」という身近な問題をとりあげつつ戦後日本のひずみの象徴として孤独な老人を描いたものと思う。敗戦と混乱を超えて高度経済成長へと続くなかで私たちは何かを得つつ、何かを棄てて来た。そしてかけがえのない何かもきっと失ったにちがいない。
「ゴミ屋敷」のゴミは取るに足らないものであると同時に私たちが失ったものを象徴しているとも言える。破棄すべき以外の何物でもないゴミの山に眠る、老人には捨て去ることの出来ない想い出。「片付けなければいけない」と思いつつ、もし片付けられた時、「生きて来た時間もなくなってしまう」のではないかと人知れず悩む老人。弟に対して言う「ゴミじゃねェんだ」は自分の尊厳を守るひと言かもしれない。
 巡礼という表題の意味が最終章になって解かれるが、私には「巡礼」を持ってこなければならなかった必然性が正直もうひとつピンと来ない。また結末の唐突感も不自然さが残る。しかし、味わい深い作品であることは疑いない。すべてが終わった時、老人は本当の幸せを手に入れた、と私は思いたいのだが無理があるだろうか?
 この小説の筋立てとは離れるがもうひとつ見事だと感じたのは、橋本治が日本の戦後史、生活史を実に的確且つ簡潔にまとめている点である。
「平和の中で、貧しさの中で、人の数は爆発的に増える。その貧しさを克服して行くプロセスの中で、人の数と世帯数はジリジリと増え続ける。結婚をして、親の住む家に同居をする形で結婚生活を始められた男女は、まだ幸せだった。将来に於ける親達の扶養という義務を当たり前のように負った兄達の結婚の後には、弟達の結婚が続く。姉の結婚も、妹の結婚も。それが、あちらこちらで断続的に続いて行く。
空襲によって焼き払われた大都会に掘っ立て小屋のバラックが建ち、会社が活動を再開し、工場が製産(注;原文のまま)再開し、生きるための途を求めて、復興は、悶えながらも進んで行く。成長した若者は職を求めて家を離れ、復興した遠くの町の隙き間を埋めて行く。埋めながら、わずかずつ豊かさを身につけ、父となり母となる道へと進んで行く。人の地衣類はじわじわと密度を増して、その限界を緩やかに超えて行く。地域毎の単位に収まっていた経済が、その地域をたやすく超えて、その土地その土地のあり方を守って確固としていた日本という国のあり方が、大きく揺らいで動き出そうとしていた」。著者の社会を見る目の確かさを証明する一文である。

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