積ん読雑記

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2011年4月30日(土) ジェラシーさえ感じる生意気少年の青春謳歌(No.66)

大橋巨泉『生意気 東京下町青春期』(三天書房)

まさにタイトル通り、「生意気」を地で行く内容である。昭和25年元旦から昭和27年4月までの日記から構成されている。この時期は著者の高校時代から早稲田大学に入学するまでにあたる。これを読めば戦後の東京が、そして日本が貧しいながらもいかに面白い時代であったかが容易に理解できる。副題は「東京下町青春期」とあるが、いわゆる東京下町の生活とは若干違うような気もする。父親は苦労の末、東京の両国でカメラの小売商を始め、成功をおさめる。そう言えば、小沢昭一も萩本欽一もやはり東京の下町、台東区生まれで、小沢は写真館の息子、萩本の父親はカメラの製造販売を生業としていた。この三人、いずれもタイプは異なるが、どこか「遊び心」を持つ点が共通するように思う。当時、新しい文化の最先端であった写真、カメラの先進性が少なからず彼らに影響したのではないかと想像してみたりする。
巨泉(因みにこの名は高校時代から使いはじめた俳号。高校生で俳号を持つことからして「生意気」ではある)自身は戦争のとばっちりによる子ども時代の苦労はあったものの「おぼっちゃん」と呼ばれ、経済的には裕福な家庭で育った。下町育ちとは言え、その趣味や発言にどこかモダニズムを感じさせるのは、きっと育った環境に由来するのだろう。ジャズも美術も麻雀も競馬もゴルフも、そしてワイン通であることも、それぞれの分野で洗練された(80年代の流行り言葉でいえば、良い意味でのsophisticatedな)センスの持ち主なのである。典型的な下町育ちとは異質な、新しい文化と接することができた原体験が巨泉のその後の歩みを決定づけたと言えるのではないだろうか。
この本が非常に面白いこと請け合いなのであるが、私はその愉快さよりも「高校生」の日記である点を意識せずにはいられなかった。今どきの高校生がこんな日記を書けるか? 文章力は今の高校生でも決して劣ることはないであろう。しかし、「高校生」風情で以下のような「生意気」な日記を果たして今の時代に書けるであろうか? 
−昭和25年5月24日(水)晴れ 昨夜日活で『細雪』を見た。ボクは原作者である谷崎潤一郎の作風をあまり好まぬから、『痴人の愛』その他何篇しか読んでない。この『細雪』ももちろん読んだ事がないから原作との違いもよく分からないが。果たして『また逢う日まで』や『哀愁』のごとく、応えるものがなかった。久しぶりで高峰(秀子)を見たが、綺麗になったがパーソナリティに欠けている。轟(夕起子)がうまいが、四人のうちでは花井(蘭子)が一番地味ではあるが美しかった。娯楽的には大作かも知れぬが、大したものではない。
−昭和26年1月6日(土)晴れ 今夜は⋯⋯ビールだけにしておいたが、元旦は青木、近藤とすし屋でビールと日本酒。二日は杉田らとオリンピックでビール。三日は青木とすし屋で日本酒。四日は車中でウイスキー。五日は例のガブ飲み。六日(今日)ビールと正月飲みっぱなしで、体が疲れたからもうやめる事にする。生れて初めてモク(煙草)をやったがあまりうまいものではない。
全編この調子なのである。高校生の分際で!と思いながらも、その自由闊達さに羨ましさを禁じ得ない。

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