積ん読雑記

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2012年3月9日(金) 選ばれし者たちの中の天才の軌跡(No.73)

椎名龍一『名人を夢みて(森内俊之詳小伝)』(NHK出版・2008年10月第一刷発行)

先日、3月2日NHK衛星放送で「将棋界の一番長い日」(A級順位戦最終局)が今年も放映された。将棋界はいろいろなタイトル戦があるが中でも最も権威と伝統をもつのが名人戦である。今は賞金額の大きさにより竜王戦が最高位と称する場合もあるようだが、歴史的には名人位の右に出るものはない。その名人位挑戦権をかけての10か月近くに亘るA級10人による戦いの最終局の放映を毎年楽しみにしているファンは少なくない。順位戦はA級、B級1組、2組、C級1組、2組の計5クラスから構成され、現在(順位戦に参加しないフリークラス棋士を除く)計124名が鎬を削っている。しかし、名人位挑戦権を得るためには必ずA級で最高戦績をおさめなければならない。プロ棋士になってもC級2組からスタートするから名人位挑戦までに少なくとも5年かかる。この順位戦の壁があるからこそ名人位は意味あるものになる。たまたまその年に調子が良い新人がいきなり名人位を奪取する仕組みにはなっていない。その将棋界最高位たる名人位に現在あるのが森内俊之である。1970年前後生まれの世代は現在の将棋界を担う実力者を輩出し、「羽生世代」と呼ばれている。羽生と同じ70年生れの森内もその中に含まれていて、両者はすでに小学生時代から宿命のライバルとして戦って来ている。羽生世代と言われるように、知名度では羽生に先行され実績的にも羽生の後塵を拝して来た感が否めない森内だが、名人位を通算5期取れば権利を有する「永世名人」の称号を先に獲得したのは森内であり、それが何よりも羽生に劣らない実力を証明するものでもある。
本書を読むと森内にとって将棋こそが天職であることがよく理解できる。母方の祖父はプロ棋士として活躍したが志半ば、森内が生まれる10年前に40代の若さで他界した。「父の指が奏でるやさしい駒音」を子守唄代わりに育った母から受け継いだ将棋のDNAが名人森内を誕生させたと言うべきであろうか。外で遊ぶのが好きであった森内少年が「どしゃぶりの雨」の日、たまたま同級生が休み時間に始めた将棋への出会いが運命の扉を開いた。またたく間に将棋に熱中し始めた森内を見て、母は亡父の門下生が講師をしていた教室に通わせ、本格的に将棋への道を歩み始めたのである。ある日、森内は祖父の将棋日記を見つけてしまった。そこには未完の棋譜が残っていた。少年は将棋盤上にその棋譜を再現した。そして彼も「祖父に倣って、対局の記録の後半の空白部分」を記したのである。
後年、森内は「おじいさんの大事な日記を汚してしまって」と頭をかいたそうだが、おじいさんはきっと棋譜の完成を喜んでいることだろう。本書の後半の森内の実戦棋譜解説は将棋ファンが読めばいいが、前半に万歳されているほほえましい逸話の数々は誰にでも楽しめる物語である。

2012年3月19日(月) 偉大な生活者であった偉大な思想家・吉本隆明氏(No.74)

3月16日、NHK朝7時のニュースで吉本隆明氏逝去の報が伝えられた。突然の訃報に驚きとともに、言い表しようのない無色透明な不思議な静けさが胸の内を占めた。同日未明2時過ぎに亡くなられてわずか5時間後の第一報というメディアの対応の速さも印象的であった。吉本氏には当店のPR誌『ことのは』にご執筆いただいたことから、四年まえの初夏から秋にかけて数回お目にかかる貴重な機会を得た。最初はとても緊張しながらご自宅をお訪ねしたのだが、実際にお会いしてみるとあの硬質な著作からは想像できないほど気さくな方であった。お会いしたらどんなお話をしたらいいのか、会話が行き詰ったらどうしようかなどと今思えばつまらない心配をしたが、楽しく勉強になるお話の数々に時間の経つのも忘れて図々しくもいつまでもおじゃまをしてしまったことが思い出される。
学生時代、すごい本があると聞いて『共同幻想論』を手にしたのが氏の著作との出会いであった。私にはたいへん難しい本であったが、それまで読んだ本とは全く違う世界がそこにはあった。どれほど内容を理解出来たかは正直疑わしかったが、著者の真剣さ、切実さ、熱意がこれほど伝わって来る書物は初めてであった。その後、現在に至るまでの圧倒的な著作の大群について行くことは容易ではなかったし、私が良き読者であったという自信もない。しかし、リアルタイムに起こる事象や生き方に関する氏の「情況への発言」がどれだけ私の指針になったか計り知れない。同時代の言論が古典に優るとすれば、まさに生きた羅針盤のごとく我々に方向性を示してくれることにあると思う。私にとって吉本氏はそのような存在であった。
吉本氏は偉大な思想家であったが、それにも優る偉大な生活者でもあった。近所の商店で買い物かごを手に品定めをしている写真があるが、それは氏の実像に最もふさわしい。下町で生まれ下町で育ち、最後まで下町の生活を愛した人。健康にすぐれない奥様を支えながら、ふたりの娘さんを育て上げた人。知の巨人はすぐれた市井の人でもあることを私たちに身をもって示してくれた。あの膨大な仕事をこなす一方で良き生活人であったことこそ最大のすばらしさであったと思う。
同時代人としてもはや氏の言説を聞けないことは寂しさ以外の何ものでもないが、これからはあの果てしない知の森を探検しながら、私なりに何かを見つけ出さねばならない。それは途轍もなく困難な仕事であるのだが。
 ありがとうございました、吉本さん! そしてこれからもお世話になります!

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